1911年という百年以上前に執筆されたものにも関わらず、これほどまで愛され続けているのは、この物語が扱うテーマが人の心の癒しという普遍的なものだからなのだと思います。
子どもの頃から(はじめは絵本から)大人になった今まで、常に本棚に収まりつづけてきたバイブル的存在の本。
あらすじ
10歳のメアリ・レノックスは両親を流行り病で亡くし孤児に。
叔父さんに引き取られ、ミッセルスウェイト屋敷に住むことになりますが、その叔父さんは奥さんを亡くして以来ふさぎこみ、お屋敷を不在にしがち。
ある日メアリは偶然から閉ざされた庭の鍵を見つけ、荒れ果てた庭の再生を誓います。
メイドのマーサの弟、ディコンの助けを得て、庭の手入れに精を出すメアリ。
気難しく可愛げのないと評されるメアリに少しずつ変化がおとずれ、その変化は暗い雰囲気のお屋敷に新しい風を吹き込んでいきます。
感想
性格が悪く、見た目も悪い主人公
植民地時代のインドで育ち、実の両親からは放置されて召使いによってなんでも我儘が叶う環境で育てられたメアリ。
ふんぞりかえって人に命令し、気に入らないことがあると怒り狂うのが常。
見た目もやせぎすでいつもむっつりした不機嫌顔なので大人たちからはなんて可愛げがない子なのだろうと思われています。
初めてこの主人公に出会った時は衝撃でした。
今まで読んできた本はいい子ばかりが主人公で、こんなにもハッキリと性格が悪く、見た目も悪いと表現される子はいなかったからです。
物語が進むにつれ、少しずつ外見面でも内面でも良い変化を見せるメアリですが、癇癪を起こす従兄コリンに「うるさい!!」と地団太踏んで叱りつけるところを見てもおそらく怒りっぽさは(以前よりずっと抑制されていますが)失われていないだろうなと思います。
欠点がハッキリ描かれているのに、どうしてこんなにもメアリは魅力的なのだろうと不思議に思ったことがあるのですが、それはメアリがとっても人間らしいからなのだと思います。
怒りっぽくて大人に対して生意気な口を利く一方で、コマドリに向かって真剣に話しかけたり、打ち捨てられた庭のバラがまだ生きているか本気で心配するような少女でもあるメアリ。
魅力的な面と未熟な面、両方持っている主人公だからこそ、親しみ深いのです。
愛を発見するメアリ
メアリは実の親から愛されず、わがまま放題の性格ゆえに召使からも嫌われていました。
そんな彼女が、庭の手入れをするにつれてどんどん生き生きと元気を取り戻していく様子に毎回引き込まれます。
「わたしはだれも好きにならないし、だれからも好かれない」
そんな風に言っていたメアリが、ディコンと初めて会った日の言葉がとても好きです。
「ディコンってマーサが言ってたとおりのいい子ね。わたし、好きになったわ。これで五人目よ。五人も好きな人ができるなんて、思ってもみなかったわ」(中略)
すると、メアリはちょっと変わったことをしました。
ディコンのほうに身をのりだして、いままでだれにもたずねなかったことを、聞いたのです。
「わたしのこと、好き?」
「うん!」
ディコンは心をこめて答えました。
「好きだよ、とっても。それから、あのコマドリも、きみのことが好きだよ!」
「なら、ふたりね。わたし、ふたりから好かれてるってことね」 1
あ、あまずっぱーい!!
この世のピュアさを煮詰めて作り上げたのでしょうか…。
自分が好かれているかを問う前に、自分に好きな人が五人いることで喜ぶメアリ、可愛すぎません?
誰かから与えてもらう愛に先んじて、メアリは自分から何かを愛することに喜びを感じているという…!
愛に飢えていた子どもが、自分の中に既にあった愛を発見する様子に胸をうたれます。
対象が必ずしも人間でなくて良いところもポイント。
動物や植物、私たちが愛を注げるものはこの世界にたくさん溢れているんですよね。
メアリがコマドリの前では簡単に心を開くことができたように。
辛い時、誰にも会いたくない時、時に言葉を必要としない動植物が人間以上に心の救いになることがあると思います。
この物語は、人との交流から生まれる愛だけでなく、一見見過ごされがちな自然・動物から感じる愛を描いているところが素敵です。
著者のフランシス・ホジソン・バーネットもメアリと同じように庭造りに励み、その経験から本作のインスピレーションをうけたようです。
バーネット自身辛い経験をしてきたなかで、庭造りの癒しの力をその身をもって体験していたからこそ、こんなお話が書けたのだろうと思います。
魔法について
病弱で、自分がもうじき死ぬという思い込みにとりつかれて部屋に閉じこもる生活をおくっていた従兄のコリン。
メアリとディコンによって庭に連れられて以来、体力面で驚異的な回復を見せます。
元気になったコリンが、それは「魔法」のおかげだと生き生きと語るシーンが好きです。
この庭に来るようになってから、ぼくはときどき、木々のあいだから空を見上げる。
そうすると、なんだかふしぎとしあわせな気持ちになるんだ。
ぼくの胸の内側を、なにかが押したり引いたりして、呼吸を速くしてるような。
魔法はつねに、押したり引いたり、なにもないところから、なにかをつくり出したりしてる。
あらゆるものは魔法からつくられたんだ。
葉っぱも木も、花も鳥も、アナグマもキツネもリスも人間も。
だから、魔法はそこらじゅうにあるはずなんだ。
たとえば、この庭にも。
この庭の魔法は、ぼくを立ち上がらせてくれた。 2
人の思いの力
メアリと出会う前のコリンは、自分がもうじき死ぬという思い込みにとりつかれ部屋に閉じこもる生活をおくっていました。
バーネットは人の思いが持つ力について、地の文でこう書き記しています。
十九世紀にわかり始めたことのひとつに、人の思いや考えには電気にも負けないほどの力があり、太陽の光と同じくらい役立つこともあれば、毒薬なみに害をもたらすこともある、という発見があります。
心のなかに悲しい思いや悪い考えをいれてしまうと、からだにしょうこう熱(高い熱が出て、皮膚に赤い発疹のできる伝染病)の菌を入れてしまったのと同じくらい、危険なことになります。
いったんいすわらせてしまうと、一生追い出せないこともあるからです。 3
何度読んでも1911年に書かれているとは思えない文章です…。
今、改めてこの本を読むと、全く古さを感じさせないどころか、自然と切り離された生活を送る人々が増えた現代人にも響く言葉の数々が散見されます。
バーネットの時代には考えられなかったことだと思いますが、今やネットを通じて自分の思いでない考え方に容易に触れることができる時代。
勿論恩恵もたくさんありますが、バーネットの言う「悲しい思い」や「悪い考え」も簡単に取り込めてしまいます。(問題なのは、その思い自体ではなく、自分のものでない思いをあたかも自分のもののように錯覚しやすい面だと思っています)
動揺したり、怖くなったりすることの多い世の中になってきていますが、どんな時も世界には「魔法」があふれていることを忘れないようにしたいと思います。
これまでも、これからもずっと読み継がれるであろう不朽の名作である本作。
様々な訳で出版され、子供向けに編集されたものも数多くあるのでそういった面でも手に取りやすい本だと思います。
↑こちらが今回参照したバージョン。 カラーの挿絵がついていて、容姿も原作での記述に準拠。 やせ細っているメアリがだんだん愛らしくなっていく様子がわかります。
ただクラッシックな絵柄は特に若い子のなかでは好き嫌いがわかれそうかな。
です・ます口調で語られ、柔らかい印象かつ読みやすい文章。
↑清川あさみさんの作品を装丁にした作品。とても美しく、秘密の花園のイメージにピッタリの表紙。持ち運びしやすく通勤のお供にぴったりのサイズ感。
↑文章はバーネットのものではなく、子ども向けに読みやすいよう展開を少し早くしたり脚色されています。 綺麗にまとまっていて、とても読みやすいです!
絵がめちゃくちゃキレイで全員美男美女。「どう見たってハンサムじゃない」と実の姉に言われているはずのディコンまでイケメン。
でも、んな細かいこたーいいんです。この絵柄が好きだー!
この他のレーベルからも出版されてるので、是非自分の好みの一冊を見つけてみてください!