ブラインドクライミングという競技がとてもわかりやすく丁寧に描かれていて、スポーツとしての面白さがしっかり伝わってきます。
クライミングウォールのカラフルな足場を、星座に例えるところも素敵。
この星座のたとえがなかったらもっとクライミング描写が淡々としていたと思います。
終始偏った見方のない、ニュートラルな視点で物語が進むところも、この本が素敵だなと思うポイント。
障害をネガティブに捉えることもせず、かといって過度に特別視もしない。
「全盲の少年と晴眼者の少女の交流物語」というよりも、「昴とあかりという異なった価値観を持つ二人が、時にぶつかり合いながらも心を通わせあう話」と思わせてくれる筆力に脱帽です。
あらすじ
中学一年生のあかり。
スポーツクライミングの大会で上位に食い込めるほどの実力を持ちながら、なかなか優勝に手が届かないこと、怪我によって手を故障したことをきっかけにクライミングから遠ざかろうとしていました。
そんな時パラクライマー(ハンディキャップがあるクライマー)との交流イベントに参加し、同い年の全盲の少年、昴(すばる)のナビゲーター役を務めることに。
誰に対してもキツくあたる昴との関係や、目の見えない相手に言葉を駆使してクライミングを指示するナビゲーター役の難しさに悩みながらも、あかりはブラインドクライミングという競技にのめりこんでいきます。
感想
完璧じゃない、でも憎めない「生きている」キャラたち
この物語、癖のあるキャラが二人ほどいます。一人は、もう一人の主人公というべき全盲の少年昴。
「どうせ、ちょっとパラスポーツにふれて、いい人になってみたかっただけなんだろ?悪いんだけど、おれ以外の障害者と組んでくれませんか」
初めてあかりと会った時にすばるが言い放つセリフなのですが、あまりにも辛辣で厳しい!でも、すごくいいキャラです!
ナイフのような切れ味鋭い言葉の数々を読みながらハラハラしてましたが、書き方が上手いので昴がただの「ヤな奴」ではないなとわかります。
言い方のキツイ昴に対してちょっと怯んだのと、白杖の邪魔にならないようにとあかりが「移動」したことが昴にとっては「避けられた」ことになっていて。
昴からすると、傷ついたんだろうなと。いや、あかりは別に悪くないんですが!
昴がそういう風に物事を判断する癖がついている、というところが彼がそれまで何を感じて生きてきたのかを表しているのだと思います。
昴にどう接していいかわからなかったあかりが、「昴」個人を見ていくようになる。
「目が見える」「見えない」という違いによって分断されていた二人が、同じ目標に向かってお互いが少しずつ歩み寄ることで理解しあっていく。
その過程がとても丁寧に描かれているので、こちらも二人のクライミングに自然とのめりこんでいきます。
男女二人の絆の描き方が絶妙な塩梅なのも魅力。
作中では一切恋愛を匂わせる描写はないもののお互いの唯一無二感、信頼感にとてもグッときました。
あかりは熱血スポ根少女なので、遠慮せずに修造スタイルで接していくところも遠慮や気遣いの嫌いな昴と相性がいいんだろうなあと微笑ましかったです。
もう一人の曲者キャラクターは、池内さん。
パラクライマーイベントを主催しているNPO団体のボランティアさんです。
悪気はないし悪い人でもないけれど、言葉かけとか行動にちょいちょい傲慢さが見える人。
この絶妙な「いるよね」感がすごい。
子どもであるあかりや昴に対してやたら偉そうで、なかなかにめんどくさいキャラではあるのですが、彼は彼で真剣にNPOの活動に打ちこんでいる…ということがきちんと描写されています。
物語…特に児童書では、こういうグレーな人物像を描くのは珍しいかもしれないです。
でも、人間って、完全に優しい人も悪い人もなかなかいないので、こういう大人を描写してくれるのはいいなあと思います。
ダイアログ・イン・ザ・ダークがでてくる!
作中であかりが、ダイアログ・イン・ザ・ダークを体験し、そこで昴の感じている世界の一部を疑似体験する…というシーンがあるのですが、この体験ができる施設、実際に存在します!(東京・外苑前)
ダイアログ・イン・ザ・ダークとは、照度ゼロの暗闇空間で、聴覚や触覚など視覚以外の感覚を使って日常生活のさまざまなシーンを体験するエンターテイメント(by Wikipedia)のこと。
一度私も行ったことがあるのですが、これ、ほんっとうにお勧めです。
公式サイトでは「純度100%の暗闇」と表現されているのですが、本当に何も見えません。
普段、瞼を閉じていても少しは光を感じていると思うのですが、この場所ではただひたすら漆黒しかなく、初めに手渡された杖と参加者同士の声かけを頼りに進んでいくことになります。
一定期間でイベントが変わるのですが、私の時は公園の遊具らしきものがあったり水音が聞こえるぞ…?と思ったら川があったり。
視覚が使えないと聴覚や味覚も冴えわたる感じがして、その感覚がすごく新鮮で。
真っ暗闇の中、みんなで丸くなって対話しながら飲んだジュースがやけに美味しく感じたことを覚えています。
参加者お互いの声掛けやサポートが必須なので、最初はどことなく気まずげでも最後はすっかり連帯感が生まれて繋がりを感じられるんですよ。
私は普段パーソナルスペースが広い方ですし、そもそも初対面の人と名前呼びあうのにも若干の抵抗感を覚えるくらいのがちがちに人を警戒するタイプなんですが(なのでこれ参加するのも2年くらい悩んでました 笑)それが暗闇の中で解れていったのに自分でも仰天しました。
誰かに助けてもらった時、「ありがたい」という気持ちも勿論あるんですが「申し訳ない」って気持ちも私は強く覚えるタイプで。
でも、この場所では誰かを助けたり、助けてもらうのが当たり前なので嬉しさや感謝しか湧いてこなかったです。それがとても心地よかった。
興味のある方は是非一度参加してみて欲しいです。他の方の体験談をのぞいてみるのも面白いですよ!
私は一人参加で挑みましたが、カップルや友達、仲良くなりたい人と一緒に行くのもおすすめです。絶対にもっと仲良くなれます。
少々本の内容とずれてしまって恐縮ですが、ダイアログ・イン・ザ・ダークが取り上げられているとは知らずにこの本を手に取ったのでびっくりでした。
いろんな人が生きやすい社会をつくるうえで、誰かが我慢や無理を強いられるのではなく「助ける」という視点すらこえて人との繋がりや温かさを感じられたらいいな。
そんなことを、『星くずクライミング』の主役二人を見ながら思いました。
昴の道を照らすあかり。
二人の物語のその先がもっと見たくなるほど、素敵なお話でした。
あかりのその後は「スポーツのおはなし スポーツクライミング わたしのビーナス」において、すこーしだけわかるのですが、有望な選手になっているようで嬉しいです。昴は残念ながら登場しないのですが、どんな青年になっているのか想像がふくらみます(こちらは字も大きく、小学校低学年・中学年向けです)
スポーツのおはなしシリーズでは、様々な作家さんがスポーツをテーマにしたお話を書いているので、スポーツ好きな子にお勧めです。