あらすじ
決められたゴールに向かい夜通し歩き続けるというイベント、歩行祭。
高校3年生の甲田貴子は、この歩行祭である賭けを行っていた。
一方で、歩行祭直前に貴子のもとに届いた葉書には「おまじないをかけた」という意味深な言葉が。貴子の親友、今は遠く離れたアメリカにいる彼女がかけたおまじないとは?
感想
何度読んでも飽きることなく楽しめる大好きな作品です。
それぞれの人間模様が描写されつつ、ただ歩いているだけの話でこんなにも面白い。
恩田陸さんの凄腕の為せるわざなんだろうなと読むたびに思います。
貴子と融ほどの大きな秘密を抱えておらずとも皆それぞれに悩んだり心配していることがあります。
それが歩行祭のなかで垣間見えるのですが、一つ一つがまた共感出来るもので印象的です。
主役二人の恋愛要素はありませんが、高校生らしく一人ひとり淡い想いを抱いている様子が垣間見えるのも魅力の一つ。
お気に入りの場面はたくさんあるんですが私は貴子と千秋が話すシーンが好きです。
千秋がすごく好きな人がいるけれど、それを本人に伝える気はないんだ、と貴子に打ち明けるシーン。
「言わないの?」と最初は怪訝に思う貴子が千秋の意思が固いのを見て、そういう形の恋の仕方もあるんだなあとジャッジせずに受け入れるところ。
初めて読んだ中学生の時は「言いたいけど言えないならわかるけど、どうして告白しなくていいって最初から言えるんだろう…」なんて、もどかしさから生意気なことを思っていましたが 笑
自分の中に生まれた思いは、それがどんな形に落ち着こうと、きっと自分の中で何かを作り上げてくれているんですよね。
年を重ねて読み返すたびに千秋のおっとりのんびりした言葉や奥ゆかしさが好きになっているのを感じます。
文章の底に流れる優しい目線も、読んでいて心地よい理由です。
心理描写が丁寧なので、読み終わる頃にはキャラに対する親近感が自然に湧いてきていてラストは、登場人物たちと一緒にゴールしたような達成感!
これを読むと、自分の高校時代の楽しかったことや嬉しかったこと、苦い経験をもあれこれと思いだすのですが。
そういうの全部ひっくるめて懐かしい、素敵だったと振り返りたくなるのは、この作品の文章の魔力のお蔭だと思います。
恐らく、おなじテーマ、おなじ設定でも書き方が違えばもっと重い話にもできたと思うんです。
そもそも、異母兄妹設定自体はかなり重いですし。
でも、恩田さんはその設定の暗い部分、更には青春時代の痛みや苦い部分をきちんと描きつつも今作ではその中の希望や喜びにフォーカスして書いている。
(恩田作品は暗い方向に舵をきった作品も多い印象です)
読後感が良い作品といわれると真っ先に思い浮かぶ物語でもあります。
歩行祭、歩く以外にやることがないお蔭で自然と自分の置かれている状況について考えをめぐらせる自己対話の時間にもなっているようで。
(後半はとてもそんな余裕なさそうですが)
キツそうですが、それでも羨ましくなります。私も歩行祭やりたかった。
読み返すたびに気になる部分や心に残る部分も変わっていくので、そういう意味でも楽しい本です。