梨木さんの作品のなかでも有名な本作。
主人公まいとおばあちゃんの暮らしは何度読んでも心癒されます。
疲れた時、しんどい時に読む心のお薬的な本。
短くてさくっと読めるところも疲れている時には有難いですね。
あらすじ
中学一年生のまいは、学校で上手くいかずしばらくおばあちゃんの家で過ごすことに。
おばあちゃんとの暮らしのなかで癒されていくまい。
ある時おばあちゃんは自分を魔女だと名乗り、まいも魔女修行に励むことになりますが──。
感想
子どもの頃に初めてこの本を知った時、この「死」という言葉の入ったタイトルを少し恐ろしく感じたことを覚えています。
「Go west」という言葉には文字通り西に行くという意味だけでなく死ぬという意味もあるようで、西という言葉にも「死」の意味がかかっているんですね。
そんなタイトルから受ける重そうなイメージとは反対にまいとおばあちゃんの暮らしが読んでいてとても癒されます。
サンドイッチやジャム作り、手洗いでの洗濯、ラベンダーの匂いのするシーツ…etc…
この生活描写が大好きです。
文章なのに、香り立つような匂いやふわふわの感触を感じて心癒されます。
癒しのなかの不穏さ
ところが『西の魔女が死んだ』って決して甘い癒し物語だけでは構成されておらず。
まいが可愛がっていた鶏が殺されてしまう描写は何回読んでもショックです。
それでも、この場面のおばあちゃんのセリフが私の中で一番印象に残っている部分で、日常生活を送りながらふっと思いだすことが多いです。
ゲンジさんの飼う犬の毛が鶏小屋に落ちていたことから、まいが「ゲンジさんの犬の仕業なんじゃないか」と言ったあとのシーンです。
「まい、どうか分かってください。これはとても大事なことなのです。おばあちゃんは、まいの言っていることが事実と違うことだといって非難しているのではないのです。
まいの言うことが正しいかもしれない。そうでないかもしれない。
でも、大事なことは、今更究明しても取り返しようもない事実ではなくて、いま、現在のまいの心が、疑惑とか憎悪とかいったもので支配されつつあるということなのです」
「わたしは……真相が究明できたときに初めてこの疑惑や憎悪から解放されると思うわ」
まいは言い返した。
「そうでしょうか。私にはまた新しい恨みや憎しみに支配されるだけだと思いますけれど」 1
まいのように「真相が究明できたときに初めて、この疑惑や憎悪から解放される」と感じる気持ち、とてもよくわかります。
子どもの頃は、おばあちゃんの気持ちが全くわからず、まいが気の毒だと感じていました。
でもそれなりに年を重ねてみると、おばあちゃんの言う事が身に染みて感じられるようになりました。
それは、私自身が「正当な(だと信じていた)」理由で人を嫌ったり、疑ったり、恨んだり、憎んだり…。
そうしてスッキリするかと思えば全然そんなことはなく、もっと苦しかったり虚しかったりした、という苦い経験に基づいての感覚ですね。
わかっていても、その切り替えが難しかったりするのですが💦
ゲンジさんについて
このエピソードにおいてもそうですが、まいの心を乱す原因となるのはいつもゲンジさん絡みなんですよね。
ゲンジさんって明らかにこの物語において浮いています。
近所に住む、不格好なまいに対して失礼な言動をしてくるおじさん。
おばあちゃんと過ごす前半部分の日常が美しいぶん余計にゲンジさんの異質さが際立っています。
どうしてゲンジさんを描いたんだろう、この物語にとってゲンジさんって何なんだろうと長年考えていたのですが、ゲンジさんは「まい(私たち)が目を背けたいもの」の象徴なのかなあと。
目を背けたいものは人によってさまざまだと思います。
自分が許せない価値観・考え方を持っている人……人でなくとも概念とか物とか、多かれ少なかれ人は「許せない」「嫌いだ」って思うものを持っていると思うんです。
でもそれが許せないからって彼らを消してしまうことはできない。
私たち自身も、誰かからすれば「許せない」価値観の一つや二つ…あるいはもっと持っているかもしれません。
で、万人から嫌われる物や人がいないようにゲンジさんを特に不快と思わない人もいるわけです。おばあちゃんとか。
人それぞれ快・不快の尺度が違う世界においては、つまり「自分の物の見方がその人の快・不快をつくる」ということになります。
だからどんなにゲンジさんに問題があるように見えても
(そしてそれがまいの独りよがりでなく、多くの人がそれに同意しても)
「まいの見方がまいの嫌悪感・不快感をつくっている」んですよね。
そう思うと最後のゲンジさんが急に丸くなったように見える描写。
拍子抜けする部分でもありますが、まいが変わったからゲンジさんの見方が変わったという見方もできるのかなと。
だからといって、まいの世界から不快なものが消えたというわけではなく、これからも形を変えてまいの前に現れ続けるのでしょう。
魔女修行をうけたまいは淡々と、時に「無理だ」と思うときもありながら…対処しつつ生きていくのだろうと思います。
ゲンジさんがいなくとも私はこの物語が好きだったでしょうが、きっとこれほど印象深く、考えさせられるものにはきっとならなかったでしょう。
魔女修行はすなわち心の持ち方。
読み返すたびに、背筋をしゃんと伸ばしたくなるような、自分の生き方を顧みられるようなこの物語がこれからもずっと大好きです。
梨木さんの本では『裏庭』も好きです。
こちらも光と闇のバランス感覚が絶妙の塩梅で混じりあうお話。
西の魔女よりも少し踏み込んだ心の癒しがテーマになっています。

愛蔵版収録の短編についても感想を書いています。
