大人を読者に想定して書かれていながら児童文学っぽさもあるので他の大人主人公の小説とは一線を画しています。
児童文学好きな大人の女性にきっと刺さるのではないでしょうか。
あらすじ
翻訳業を営む57歳の由々は、ふとしたきっかけで自分の11歳の頃――ゆゆのある夏の一日の記憶を思い返します。
感受性が強く、嬉しいことやワクワクすることに人一倍うきうきする分、それが裏切られた時の失望の痛みも激しい。そんな子どもだった頃。
お気に入りのワンピースを着て他校の女の子の家にはるばる遊びにいったところからはじまった長い一日。
その日、ゆゆは姉の家庭教師の代理として来た大学生のタツヒコへ淡い片思いをします。
昔のことを回想しながら由々は現実で生きていくために封印したかつての少女ゆゆともう一度向き合い、受け入れていきます。そんな時、由々は知り合いの甥の龍彦…かつて恋したタツヒコと同じ名前を冠する20代の青年と偶然知り合うことになるのですが…。
感想
大人になってから子ども時代を振り返るという部分はジブリの『おもひでぽろぽろ』を彷彿とさせます。
あちらは27歳の女性で、展開は随分異なりますが作品の持つなんとなく懐かしく、優しい雰囲気が似ているかも。
家庭をもっている主人公がふたまわりほど年下の龍彦にかつての「タツヒコ」を重ね合わせて惹かれる描写を受け入れられるか否かは人によって分かれそうです。
ただ、この書き方が絶妙な感じなんですよね。
あくまで、龍彦にとっては話の合う人という認識だったようだし由々の想いも恋心というほどべったりした感情ではない。
強いて言えば恋の上澄みともいうべきちょっとしたときめき止まりの気持ち。
それも、由々が自覚した時、既に龍彦は由々の前から姿を消していたわけで。
57歳の由々が11歳のゆゆとの間を行ったり来たりしながら最後はまた由々に戻っていく。
その移り変わりがとても美しく丁寧に描かれていると感じました。
ロマンスは始まらず由々の日常にはなんら変わりは生まれません。
けれど、最初の由々と最後の由々は違うんですよね。
最後の彼女はかつて自分を守るために封印した「期待するぶん、傷つきやすい少女ゆゆ」と統合された由々。
翻訳業を営む彼女が訳すこれからの作品はそれ以前に訳した作品とは少し違うものになるのではないでしょうか。
一般的に、子どもと大人だと感情表現が豊かなのは子どもの方だと思うのですが、それって、大人になる過程である程度「そうあるべき」だと自分に課している部分もあると思うんですよね。
多かれ少なかれ私たちも自分の中の無防備すぎる子どもの部分を守るために隠したり、見ないふりをしてきている部分があるのではないかと思います。
でも、自分の中の子どもって必ずしも悪い存在ではなくて。
世界の素敵さに気付かせてくれるのはそういう子どもの部分なんじゃないかなと私は思っています。
このお話は、そんな心の片隅に眠っている自分の中の子どもを揺さぶってくれるような作品だと感じました。
由々と同じ年代になってからもまた読み直したい本。
きっと今とはまた違う感想を抱く、その時が楽しみです。